ぼちぼち終活でも

「終活」とは?
人生終わりのための活動(Wikipedia)まんまです(笑)
私的には、残された者に迷惑をかけないように準備をしておくことだと思います
親兄弟を見送って感じたこと、それは残された者に託されたことの大変さでした
葬儀やそのあとの供養などとは別に、役所の手続き、財産の相続、遺品の整理など、
悲しみに暮れている暇などないくらいに、ありとあらゆることをしなくてはいけません
母の例を挙げると何を思ったのか突然私に大事なものを保管してある金庫の場所や
鍵の場所、開け方などを「覚えておいてね」と言って教え始めました
金庫にあったのは家の謄本や権利証を始め、預金通帳、保険証などのほかに一冊のノートでした
エンディングノートとは言えませんが停止しなければいけない契約をしているところや通院していた病院や友人知人の連絡先などが書かれたノートでした
「互助会に入会しているからもしもの時は連絡してね葬儀のこと全部してくれるから」とか
「その話今じゃなくていいんじゃない?」と言いましたが、その1年少しあとに他界しました
不思議ですがあの時に聞いておいたことが役にたったわけで「さすがだね」と感謝です
それでも生活用品や衣類など、父と母の人生分の量が残されていました

心情的にもそう簡単に処分できるものではありません、ゴミには出来ないんです
それでもいつかは片づけなくてはなりません
子供のいない私にとっては、その役割が姪っ子になるわけですから出来るだけ負担をかけないよう最低限の準備をしておくべきだと考えます
実際にその時が何年先に来るのかはたまた明日なのか誰にもわからないわけで様々変化することがらもあり得ます
幸い今はパソコンという便利なツールがあるので定期的にその内容を書き換えることが可能です
姪っ子には「フラッシュメモリーに保存しておくからそれを見てね!」と言いました
「うんわかった~パスワードはかけないでね」だって!少しだけ気が楽になりました
あとは今でいう断捨離!!生活用品を少しずつ処分して身の周りをシンプルにしていこうと思います
ぼちぼちとですが。。。。備えあれば憂いなし
